南アルプス深南部・不動岳~六呂場山②

翌日、4:30に「時間だぞ」と山桜のはっきりした声で目を覚ました。山桜は寒さで寝られなかったらしい。朝食をすませ不動岳山頂を目指した。白い枯れ木が立つ風景は幻想的だった。

稜線上を乗り越えていく雲を眺めながら、不動岳山頂についた。ここでも笹をかき分けながら進み、鹿の平に戻り、テントを片付けた。ここからは地図を見ながら、六呂場山に向かい、林道に下り帰る予定だった。

六呂場山にのびる尾根を探していると、かなり下方に、帰るために通る林道が見えた。
「あれ?あの林道、かなり崩れているみたいだ」遠いのではっきりとはわからなかったが、不安要素がひとつ増えた。

「もしあの林道が通れないのであれば、尾根沿いの沢に出る道を下りよう」と山桜に伝え、道のない急な坂をくだった。

本心は、なるべく沢には下りたくはなかった、なぜなら沢から林道へ戻る道は何もわからず、崖に出てしまうと危険ということと、沢をくだるようになっても滝にでたら、どうしようもないからだった。林道が崩れていても何とか通れるよう願いながら、けもの道を歩いていった。
名前のないピークについた。そこから出ている尾根をくだれば、林道の道が短くなるので、崩れている箇所を通る可能性が低くなる。不安のつのる私はその尾根をくだりたかった。
山桜に薦めると

「ここまで来て六呂場山へ行かないのはもったいないし、無理なら沢に行けばいい」
と余裕の答えが返ってきた。

心配は消えないが、六呂場山へ行くことに決めた。その尾根は通る人が少ないのだろう、荒れている道をひたすら歩いた。しっかりした道ではなく、いつもより重い荷物を背負う山桜に、疲れが見え始めていた。

六呂場山につき、行動食を山桜は食べるのだが、緊張感の抜けない私は食欲が出ずにいた。六呂場山からは目印となる赤テープが多くなり、安心しながらくだっていった。急な道が続き地形図とは違うなと思いつつ、赤テープがあるのでそれに従って行き、やっと帰るために使う林道にたどりついた。
すぐに、通行可能を願いながら、道の崩れぐあいを確認しに行った。

体の力が抜けていった。

目の前の林道はガケ崩れの中に埋まっていた。ガケ崩れは数箇所あり、かなり下まで落ちていた。ここを通り、もし滑り落ちたら・・・。あまりにもリスクが大きかった。
同時に別の不安が浮かんできた。沢まで出られるか?そして、沢をくだれるのか?
山桜と確認し、少しガケの斜面を進んでみるが、かつての滑落経験が蘇ってきた。

いったん落ちはじめたら、止まらない。底まで行かなければならない。まるで人生の一場面のようだ。

沢を目指し、尾根をくだるが、どうも勾配が急すぎると感じていた。地形図を何回も見てみる、そしてやっと気付いた。尾根をひとつ間違えていたのだった。こんな簡単なことを勘違いするとは・・・。あせり、不安、疲れのせいか?この三つには注意深くならければならない。
自分たちのいる場所がはっきりし、また何をするべきかもはっきりした。今、降りてきた急な道を、登り返し(とてもつらい)、向こうの尾根にトラバースすること。

12時近くで日差しが強くなり、のどもよく
渇いた。トラバースも少し危険な思いをし、木の密集したヤブを通らなければならなかった。結局1時間半ほどかけ、本来の尾根に来た。水が少なくなっていた。山桜の水筒を見るとほとんどないので、聞いてみると、荷物が重く、心配をしていなかったから、水を捨てしまったとのことだった。地形を見間違え、大変になったのは私の責任なので文句は言えなかった。とにかく、沢に出なければ、水は飲めないという現状だった。
私の右ひざが痛み出し、山桜も疲れで歩く速度は遅くなっていたものの、慎重に地形を読みながら、着実に進んでいった。ちょうどよく、ガケになっていない所を通り抜け、沢に出た。

沢には水が豊富に流れていた。水と新緑のおかげで、不安な気持ちは解け、自然と笑顔となり、助かったという気持ちになった。山桜は沢の写真を取っていた。次に心配なのは、200mほど上にある林道にどう戻るか?だった。1/25000の地図はこの先の沢から終わっていたので、沢が林道にどこで近づくのかわからなかった。初日に林道から見たはるか下を流れる沢を思い出し、林道に果たして出られるのか不安になった。林道に出られそうな所を見つけるため、とりあえず、沢をくだろうと話し合った。靴を脱ぎ、冷たい水の中を向こう岸に渡り、20mほどくだるとえん堤が現れた。

そのえん堤は崩れ、その崩れていた部分から水が勢いよく流れ落ちていった。その先へ進むには、滝に飛び込まなければならなかった。

またも、困難の前に、あぜんとした。あたりを見渡すと、釣り人が残したであろう字が岩に書いてあった。「みのる 先に行く」 そして、一本の枝が目印として上を指していた。上には尾根があったが、重い荷物を背負って登る自信はなかった。

後ろから山桜が来た。えん堤を目にした山桜の姿から、精神的にも肉体的にも疲れた様子がうかがえた。そして、沢を横切るとき、山桜が石に滑った。手を地面についたとき、三本の指を石の間に挟んだ。血豆のできた三本の指は赤紫色に充血し、はれ始めた。

「ビバークしよう。今日は休み、明日に備えよう」と私は言った。



16時30分、その日は、すでに10時間半は行動していたので、私たちには休息が必要だった。小雨が降ったりしたので、増水を注意しながら、テントを立て、焚き火を起こし、たっぷりの水を使いレトルトカレーを作った。沢沿いのビバークは気持ちがよかった。焚き火で濡れたズボンを乾かしながら、火を眺めていた。夜、山桜は寝られたらしかったが、私はあまり寝付けなかった。

三日目の朝、雨音で目を覚ました。増水が心配になり、温かいスープを飲み終え、急いでテントを回収した。林道にどうしても出なくてはならないと、山桜と気合を入れ、沢をくだるのではなく、尾根に向かって歩き出した。地図を慎重に読み、勾配のゆるい場所を登っていった。200mほど登った。読みどおりであれば、このピークの先に林道があるはずだった。ガケに出ないことを願いつつ登っていった。

小屋だ・・・。助かった・・・。



「来たー!」

山桜が雄叫びをあげた。林道の途中にあった小屋の裏に出た。いくつかの困難を乗り越え、なんとか戻ることができた。ほっとした。その安心感がうれしかった。
「ありがとう」とお互いに生還を祝い、がっちり握手を交わした。その後、二人とも足を引きずりながら、無事に車へと帰った。

投稿者・ゲン