3日目、翌日は悪天候が予想されていたため、当初の予定を切り上げてこの日にキャンプ地を離れることになった。3日目ともなると、クライミングが生活の一部に溶け込んでいるような感覚になっていった。朝、車に乗り込むみ岩場へ向かう。道中どこの曲がりかどをまがってもさほど変わらない風景が続く。水を張ったばかりの田んぼとこの地方独特の褐色の瓦屋根。漁港へ下る坂道。
ここがどこなのか、そんなことはもうどうでもよくなってくる。楽しさから一歩引いて俯瞰すると滑稽にさえ思える。何ゆえ、こうして毎日壁に登るのだろうか。やはり、「そこに壁があるから」なのか――。
▲どこを走っても変わらない赤褐色の屋根と海岸線のある風景
この日まず向かったのは片句の岩場。民家の間の路地を進むと途中から舗装されていない岩の坂を磯側へ降りる。そこから3級ほどの岩壁を登り返す。3級といえども重たいクライミング道具一式が入ったザック担いで登るとなるとバランスを崩して海側に落ちる未来が容易に想像できる。その壁をトシゾーさんは軽々と登りロープを張って後に続くメンバーを引き上げた。登った先には褐色と黄土色の空間と壁が広がっていた。
▲3級ほどの岩場 ロープで確保してもらい登る。
▲岩壁を登った先ある片句の岩場 別世界感が半端ない
▲不思議な形状をしたタッコング5.8を登る
▲この日の大人気ルートになった水平線を登るQさん
▲モリッシーさんヤイクス5.10b/cをFL
▲イデッチ 水平線5.11aを渾身のRP
午後、手結の浦・倉内湾の岩場へ向かった。トポには“手結の浦から2つめか3つめの駐車場から磯におりる”、となんともアバウトな記述がある。駐車場からそれらしき降り口をいくつか捜索するとようやく岩場へと続く道を見つけることができた。
▲手結の浦・倉内湾の岩場へ なんとなくそれっぽい降り口から下る
この岩場はルート数5本。今回のツアーのなかで最もこぢんまりしているが、パワー系、バランス系、5.9から5.11まで満遍なく揃っている。イデッチがラッシュ&クラッシュをトライし、そこにトップロープを張ってくれたので登ることにした。何回かトライしたが核心が越えられず、やがて諦め、その部分はヌンチャクを掴んでしてトップアウトした。
▲イデッチ ラッシュ&クラッシュ5.11aをRP!
後になって、もうすこし頑張ればよかった、と思った。イレブンなんて無理に決まっている。でも、もしかしてあそこをああすれば登れたのではないか。旅が終わりに近づいている名残惜しさがそう思わせたのか、それとも本当に惜しかったのか。指が切れそうな小さなカチや今にもスリップしそうな微かな膨らみの感触がしばらく頭から離れなかった。
▲ラッシュ&クラッシュを登る私 できそうなのか無理なのか・・・
▲スーパーカンテ5.10bを登るQさん パワーが必要らしい
▲トシゾーさん コールドトミー5.10d★★★をオンサイト
▲こぢんまりとしていて居心地がよい
最後にもう一つ岩場が見たい。トシゾーさんの希望で手結の浦・膳棚という岩場に向かった。今日中に静岡に戻る予定の私達にもう登る時間はなく空身でいくことにした。小さな漁港の堤防を越え、岩をいくつか乗り越えて岩場に着いた。岩壁がえぐられており、その内側にいくつかのボルトが見えた。
問題は壁ではなくスタート地点だ。足元には池のように水が溜まっており、スタートも、ロープを置くこともビレイをすることも不可能なように見えた。空身で来たとはいえ、どうにも登れそうにないという現実が旅の終わりを象徴しているようだった。気が付けば空も薄暗く曇り始めている。全員でぶらぶらと来た道を戻り、堤防を越えてアスファルトの上に降り立つと今度こそ岩場に別れを告げた。
▲手結の浦膳棚の岩場 スタート地点には大きな水溜りが
▲来た道を引き返す この旅も終わりが近い
夕方、松江から高速に乗り帰路についた。静岡までの道のりは長く途中休憩を挟むにしてもまだ一仕事ある。交代で運転を担当する男性陣には申し訳ないが、ここから先私にできることは少ない。高速道路を走る車の単調な音を聞きながら後部座席に身体を沈めた。
窓の外を流れる風景をぼんやりと眺め、本来なら明日登るはずだった大山を写真に収めた。
▲車中から大山の写真を撮る
(終) by Iku