念願の北岳バットレス第4尾根登攀

 

【第1章:はじまりの一歩】

「アルパインクライミングをやりたい」その想いが、私を静岡勤労者山岳会へと導いた。1年と3か月前、すべては一つのブログ記事から始まった。新人が半年のトレーニングを経て、北岳バットレスを登攀したという記録。敷居が高いと思っていた山岳会の扉を、私は叩いた。

入会時のアンケートに『アルパイン希望』と書いところクライミングの重鎮からは、「まずは人口壁、次に外岩、そしてアルパインへ」と教えられた。ほどなくして、ベテランクライマーがチューターとして就いてくれ、優しく丁寧に、手ほどきを受けた。 余計な情報だが、重鎮とチューターは無類の酒好きである。

【第2章:跳ね返されても】

人口壁を登る私を見て、誰かが言った。『カエルみたいだね』それでも、めげずに毎週通い続けた。意気込みだけは伝わったのか、外岩にも誘われるようになった。しかし、外岩は私を簡単に跳ね返した。*写真の彼は若手のホープでありカエルみたいに登りません。

【第3章:小川山での修練】

雪が残る季節から、クライミングの聖地・小川山へ通った。ロープワーク、安全確保、機材の扱い活動を重ねるごとに、動きはスムーズになっていった。簡単なグレードなら、リードもできるようになった。

【第4章:北岳への準備】

北岳バットレスの日程が決まった。トレーニングの一環として、小川山のマルチピッチ、八ヶ岳の大同心・小同心、御在所の前尾根を経験した。一歩ずつ、確実に、登攀への準備を進めていった。

【第5章:試練と再起】

台風15号が県下に大きな被害をもたらした。天候不良も重なり、登攀は2度延期された。

そして迎えた、9月最終土日は2025年最後のチャンス。パーティーは当初とは変わったが、奇しくも、あのブログで読んだ“新人さん”たちが、今や成長し仲間として集まった。ゆうさん、ありさん、Tskさん、臨戦態勢は整った。

【第6章:登攀の日】

北岳バットレス第四尾根 その岩壁に、私たちは挑んだ風、岩、空気、そして仲間の声。一歩一歩、確かめるように登る。夢に見た尾根に、今、立っている。

【エンディング】

振り返れば、長い道のりだった。でも、岩壁の向こうには、まだ見ぬ景色がある。挑戦は終わらない。

【謝辞】

本登攀において北岳バットレスの無事登頂を達成し得た主因は、当日の好天にあると考えられる。岩のフリクションが良好であったことにより、不要な体力の消耗を避けつつ、長時間に及ぶ行程を安全かつ快適に遂行することが可能であった。また、入会当初よりご指導いただいた役員各位、クライミングにおける先達および仲間諸氏、さらに本登攀に参加したパーティーメンバーに対し、深甚なる謝意を表するものである。最後に、本稿を通じて「アルパインクライミングの魅力」に触れ、同分野への関心を抱く者が一人でも現れることを願ってやまない。