前穂4峰正面壁 北条=新村ルート

8月11日(木)〜8月14日(日)にかけて,前穂4峰正面壁 北条=新村ルートに私NSGとHMDさんで行ってきました。


○基本情報

4峰正面壁は前穂東面の一連の岩峰群の中では最も大きく,戦前の我が国での代表的な課題とされていた壁である。
北条=新村ルートは,松高ルートと同じく歴史的に極めて重要な名クラシックで,特に初登時,核心の青白ハングを,幻の名クライマー北条理一がオールフリーで克服したということも伝説となっているルートである。ただ,これについては1983年に大内尚樹らRCCⅡのメンバーが実際に登って真偽を検討し,件の初登は他のラインから成されたのではないかと疑問を提示している。なお,その説に依った場合,現在のラインを初登したのは新村正一,入江康行の両名で(初登日時は1941年10月),ルート名も新村=入江ルートとするべきだが,ここでは旧名とのその初登記録をそのまま踏襲している。

■北条=新村ルート (4級下 Ⅳ,A1(5.10-) ★)
1933年8月20日,北条理一,後藤武四郎 1957年3月15日 茂野満彦,加藤幸彦,高田光政,前園陽太郎)

参考文献 引用元:新版 日本の岩場 下 菊池敏之編著 白山書房 


当初,11日に上高地に入る予定でしたが山の日が制定された記念式典が行われる関係で大幅は規制が行われるとのことで急遽,11日(祝日)の夜7時に静岡を出発。沢渡まで,道路は空いていて夜11時に到着しました。

いつもの駐車場で車中泊をし,翌日の朝5時にタクシーに乗車。
▲朝5時30分上高地に到着し出発します。

▲新村橋を渡り

▲この分岐を左に進みます。真ん中の小さな木片にパノラマコースと書かれています。

▲赤ペンキでオクマタと書かれた場所が,中畠新道への分岐です。この写真の右上の岩が露出しているところから中畠新道です。慰霊碑があります。


▼痩せた尾根があったりして気が抜けません。とにかく,この道,傾斜がきつくて大変です。我々が背負っているザックも20Kgは超えてしまっているので肩がもげそうです。とても暑くてこまめに休憩をし
水分補給をしなければもちません。

▼赤いテープを頼りに,進んでいきます。

▼13時50分,ようやく奥又白池に到着です。上高地から7時間ぐらいかかったことになります。

テントが1張りありました。

▼疲れた体にムチ打ってテントを立てます。

▼まずは,水場を手分けして探します。奥のテン場を下ったところにありました。チョロチョロと水が出ています。とっても,冷えていてうまい!!!

▼早速,ここまで荷揚げしたビールを冷やそうとザックから出したら,,,

▼翌日は,奥又白池を5時10分に出発します。

▼6時03分,C沢を渡ります。

▼C沢の雪渓から岩に取り付くところでは,このような大きな穴が空いていて緊張します。

▼まずは,遠くから目星をつけていたチョックストーンを目指します。遠くでみると大きく見えますが近くに行くと小さく見えるのはなぜでしょう?


▼チョックストーンまできたら,右上します。

▼手持ちのルート図と実際の地形を照らしあわせながらT1を探します。写真中央のくぼみがT1です。

▼1P目は,NSGがリードします。

▼適当なところで切って,HMDさんに登ってきてもらいます。

▼次は,HMDさんリードで,ハイマツテラスに到着。ここまで順調。問題は,ここからのピッチ。すぐに,小ハングがあり,すぐに青白ハングが出てきます。青白ハングを突破したらすぐに右に悪いトラバースです。さて,突破できるか?まずは,HMDさんがチャレンジ。

▼ガイドバーティーが追いついてきたので,先に行ってもらいます。A0とアブミを巧みに使い抜けていきます。セカンドの二人もそれぞれアブミを持っていて,ガイドは自分のアブミを回収していき,トラバースを抜けたところで二人を引き上げていました。

▲上の写真では,ハングの右下,ちょうどガイドさんが足の下に残置のシュリンゲが垂れているのがわかると思います。あろうことか,ガイドさんが引き上げている人が残置のシュリンゲにアブミをつけていて登ろうと苦労していた時に,そのシュリンゲが切れてしまいました。あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜,なんということだぁ〜〜!!!!

▼結局,小ハングはHMDさんが突破し青白ハングの下の写真のところまではヌンチャクを掛けてザイルを通すことができました。ところが,この右のヌンチャクのさらに右側にさっきまで残置のシュリンゲが垂れていたのですが,切れてなくなってしまったため奥のピトンの場所がわからなくなってしまいました。つまり,この青白ハングを越すためには,奥のピトンの穴に自分のヌンチャクを掛けて,さらにそのヌンチャクにアブミをかけるという2つの作業をしなければなりません。

▼HMDさんがかけてくれたザイルを頼りに,小ハングで使ったアブミを回収し,青白ハング手前までNSGが登ります。ここから,手前にアブミをセットし,左足で体を上げて,上のガバを取りにいきます。この壁の厄介なところは,右足のホールドがないこと。右のピトンにヌンチャクをかけるためには,さらに右に50センチほど移動しなくてはなりません。両手でマッチした手をさらに右手を右のガバに移動させるとアブミにかけた左足が効いてきません。右足を壁に当てて,あとは手の力で耐えるしかありません。この状態で,ヌンチャクを取り出しピトンの穴にかけようとしますが,穴が見えないので一発でヌンチャクがかかりません。そんなことをしていると手がパンプし,落ちてしまいます。それを,4回ほど繰り返して,最後のトライ!ガバを2つつないで右に移動。ヌンチャクがなんとかピトンの穴に通り,次は腰につけたアブミをヌンチャクにかければ成功!腕がなくなる寸前になんとか成功!!!!!!!!!!!!
▼下の写真は,とんでもなく苦労してつけた赤いアブミです。


▼私は,もう腕がなくなってしまったのでHMDさんに登ってきてもらいこの青白ハングを超えてもらいます。HMDさん,アブミをうまく使いこなしてこの青白ハングをクリアーさすがです。その後,「ヒャー,怖〜」とか言いながらトラバースしこのピッチを切ります。

▼青白ハングを越した後のトラバース,セカンドは気楽でいいなぁ〜

▼さて,核心を超え次はNSGがリードの番です。ルート図では,右に下り目にトラバースして右上するらしい。ところが,このトラバースがまた悪い。プロテクションは乏しい。スパッと切れ落ちている。岩は脆いしドキドキです。下の写真のさらに右側にピトンが打ってありますが先が見えません。その先を見ようとプロテクションにテンションをかけるとピトンがじわじわと抜けてきます。しかたがないのでピトンが打ってある右上に登ることしました。自分としては,このピッチが一番悪かったです。ホールドが良さそうな岩は,取れそうなものばかりなので細かいホールドを拾いながら2,3回ムーブをつないでいくうちに当てにしていたピトンを一つ飛ばしてしまい,ハイマツでプロテクションを取りなんとかテラスに上がりました。とにかく,一番難しかった。

▼下の写真の真ん中から這い上がるようにテラスにつきました。「ようやく突破した!!」という達成感もそこそこHMDさんに登ってもらいます。このピッチ,HMDさんも,とても感動してくれました。


▼あとは,簡単なクライミングで草付きを念のために確保し,HMDさんがリードし,途中NSGがリードしてザイルをしまい,北尾根まで歩きました。

▼4峰の下では,1回懸垂下降をし急いで5・6のコルを目指します。上から降りてくるパーティーが大きな落石を起こしています。


▼ここまでくれば後続の落石の心配はありません。


▼5・6のコルから奥又へ戻る途中のザレ場は,新しいリングが岩についていて,お互いザイルで確保しながらトラバースしました。

▼奥又へは,赤丸を目印に下っていきます。

▼翌日,テント場でのHMDさん。

▼池に映る前穂高岳が美しい。

▼昨日登ったルートを確認。頭の中で図を描くと多分,こんな感じだったような。



▼8時15分,奥又白池を出発し中畠新道を下ります。

▼登ってくるときには,気がつきませんでしたが野イチゴがたくさん。食べ放題でした。

▼10時14分 パノラマコースとの分岐まで降りてきました。これから登る2人にルートを教えているHMDさん。

▼アタックザックも相当疲れているようです。


▼11時35分,徳沢に到着。早速ソフトクリームを食べます。

▼13時46分 上高地タクシー乗り場に到着です。

今回のクライミングは,HMDさんがこの有名なクラシックルートを自分たちの足で辿ってみたいということで私も組ませてもらいました。技術,体力,気力と総合的に私たちの限界を試されたルートでした。HMDさんのアルパイン技術や途中,やばいリードをさせてもらいましたが,お互いの信頼関係がなければ登れないルートだったと思います。ありがとうございました。また,こんな限界に挑戦しつつも達成感のある山をやりたいと思いました。

とても,素晴らしいルートだと思いますので,是非みなさん行ってみてください。
でも,しばらくは,歩きたくない,ザックを背負いたくない,,,,)